宇宙的認識と判断

僕は、いつも何かを観察、分析するとき、
できるだけ高い視点から捉えるようにしています。

宇宙的な視点というか…(笑)


そうすると、

人生や出来事の全体像を把握することができて、
いろんな発見があるんですね。


それで、本当に幸せに生きたければ、
「責任転嫁」を今すぐやめるべきです。

と言っても、すぐにやめられるモノじゃないと思いますが、

マイペースで構わないので、
徹底的に「自己責任」で生きる事を目指すべきです。


自分の人生に起こる事で、
「他人のせいにできる事なんか存在しない」んです。

全ての現実は、自分の内面の反映です。


「他人が自分を責めようとしている」と感じているのであれば、
「そう感じる自分」に問題があります。


それは、「被害者意識」という考え方で、
「感謝」とは真逆の発想なんです。


「感謝」の反対が「被害者意識」で、
「感謝」と「被害者意識」の間にあるのが、

「当然、当たり前」という考えです。


要するに、
【感謝 ・ 当たり前 ・ 被害者意識】

の順番です。


感謝というのは、
ポジティブ思考の結果で生まれる感情です。


そして、被害者意識を持っているということは、
ものすごくネガティブだと言うことです。


僕も中学生の時、超被害者意識のカタマリでした。

自分はなんでいつもこんな目にあうんだろうか…?
自分は世界一不幸な人間だ!

なんて、本気で考えていました。

そりゃ自殺もしたくなります。


でも、現実というのは中立です。

現実をネガティブに捉えているから、
ネガティブな現実がやってきやすくなるのです。


僕のメッセージというのは、

ポジティブに寄っているメッセージか、
中立的な真実のメッセージを出しています。


でも、中立的な真実というのは、

受け取る側によって、
ポジティブにもネガティブにも捉えられるんですね。

「面白い学び」と捉える事もできれば、
「自分に対する指摘、責め」だと捉える事もできます。


僕も、メンターからのメッセージで、
自分の痛いところ、弱いところを突かれた!

と思う事はあります。


でも、僕はそれがありがたいんですよ。

痛いって事は、無意識的に避けている事柄なので、
誰かに言ってもらわないと自分では中々気づけないんです。

それか、痛い現実に頭をぶつけて学ぶしかありません。


それと、自分が強く否定しているモノも引き寄せやすくなります。

何かを強く否定するという事は、内面に恐怖を抱えているわけです。



僕は「怒っている人」がすごくイヤでした。

「怒らなくても冷静にコミュニケーション取ればいいじゃないか」
って思ってましたから。

でも、そうすると怒る人を引き寄せやすくなります。


今は全然そんなことないですから、
別に人は怒ってもいいと思っているし、自分も怒ります。


要するに、現実というのは、
自分の内面をすべて反映してくるので、

ネガティブな内面も現実化してくるわけです。


僕は、今までメンタルブロックを外しまくって来ましたから、
もうあんまりネガティブな現実を引き寄せないんですね。


そうすると、ネガティブな人ですら、
僕の前では全然ネガティブな事を言わなかったりします。


他所ではいくらネガティブな事言いまくっている人でも、

自分自身がポジティブでありさえすれば、
その人は自分の前ではネガティブな面を見せないのです。


でも、まだ僕の残っているネガティブな部分を
教えてくれる優しい人もいますけどね(笑)


人間は、一人の人にいろんな面がありますから、

ネガティブな人は、人のネガティブな面を見ようとするので、
どんな人も悪い人に見えてしまいます。

ポジティブな人は、人のポジティブな面を見ようとするので、
どんな人も良い人に見えてしまいます。


僕のメッセージというのも、
ネガティブに捉えようと思ったらいくらでもネガティブに捉えられます。

逆に、ポジティブに捉えようと思ったら、
いくらでもポジティブなモノを受け取れます。


ですから、人によって僕に対する印象が全然違うんですね。

厳しい人、優しい人、
いいかげんな人、シッカリしている人、
情に厚い人、冷淡でクールな人、
明確でわかりやすい人、不思議でわかりにくい人、
真面目な人、ふざけている人、
面白い人、面白く無い人、
責任感の強い人、無責任な人、


全部真実だと思います。

全部僕の内面にある事です。


ただ、その人が自分のどの部分を見ているかの違いで、
僕に対する印象は変わってしまうんです。


ですから、大切な事は、
「自分の感情に責任を持つ」という事です。


田中優さんが仰ってましたが、

ラオスという国では、
「怒った方が負け」という文化らしいです。

それは、心理学的にも非常に正しいです。


全ての感情は、自分の思考から生まれますので、

「ネガティブな感情」を自分が生み出してしまったら、
それは自分の思考がネガティブだと言うことです。


で、また注釈入れるんですけど、
ネガティブは悪じゃありません。

別にネガティブ思考でもいいんですよ。


僕もまだまだネガティブな部分は残っているし、

僕はネガティブ思考の人でも、素直であれば好きですから。


ただし、「責任転嫁」していては何も解決しませんし、
「自分に起こる事が他人のせいだ」と言うのは、真実ではありません。


全て自分の責任です。

他人が自分に行う事も含めて、全て自分の内面の現実化です。


他人が自分を攻撃してきたら、それも自分の責任なのです。


全ての原因は自分にあるからこそ、
自分自身のチカラで解決できるんです。


責任転嫁というのは、自分は弱い存在だと言っている事です。

それは真実ではありません。


すべて自分の責任だと捉えるのであれば、

自分はすべてに影響できるという意味で、
自分は強い存在なんだという宣言なのです。


だから、「責任転嫁」をやめて、
絶対「自己責任」で生きて下さい。



そして、自分の事をポジティブな目線で見てくれる人と
付き合って下さい。

そして、自分自身も他人をポジティブな目線で見る様にして下さい。


自分の事をポジティブな目線で見てくれている人には、
自分自身も相手にポジティブな影響を与えることができます。

でも、自分の事をネガティブな目線で見ている人には、
いくらポジティブな影響を与えようと思っても不可能なんです。


例えば、

僕の事を「極悪人」だと思い込んでいる人がいたとしたら、
その人の前では僕は「極悪人」の振る舞いをしてしまうわけです。


僕自身はいくら中立的な行動、
ポジティブな行動を取っているつもりでも、

相手には「極悪人」に見えてしまうという事です。


コミュニケーションにおいては、
相手に対して自分がどう行動するか、と言うことよりも、

他人が自分の事をどう見ているか? という事が強く影響します。


例えば、僕の事を良い人だと思い込んでいる人には、
すごくポジティブな振る舞いをしてしまうし、

僕の事を厳しい人だと思い込んでいる人には、
すごく厳しい振る舞いをしています。


でも、僕の取っている行動と言うのは、
人によって変えたりしていません。

全員に対して、同じように振る舞っています。


それが「見る側」の意識によって、
ポジティブにもネガティブにも映るのです。


そして、他人をポジティブに見るという事は、
自分自身に対してもポジティブに見ると言うことです。

そうすると、ネガティブな現実が少しずつ消えていくんですね。


僕を例にした例え話ばっかりで申し訳ないですが、
一番わかりやすいと思うので(汗)


本当に幸せに生きたいと思うのであれば、

この記事を紙に印刷して、
真剣に赤線引きながら10回くらい読んでみて下さい。


さらっと読めてしまうと思いますが、
超!超!超!超! 深いことが書いてあります。



本当はお金を頂きたい様な内容ですが、
今、多くの人に必要な情報だと思ったので、

無料で公開しています。


でも、これも見る人によっては
「超ありがたいアドバイス」で、

見る人によっては「当たり前の話」で、

見る人によっては「偉そうなお説教」で、

見る人によっては「自分を責める指摘」なんです。


あなたはどんな印象を持ちましたか?

ヴィジョンと人間関係と生命の死

僕は、今まで別れがすごく苦手でした。

せっかく仲良くなった人と、
離ればなれになるのがすごくイヤだったんですね。


でも、いつも言っている様に、
人間関係は自分の内面の反映ですから、

自分が精神的に成長する度に、
人脈は常に新陳代謝していきます。


本田健さんは、一生の付き合いになる人は、
だいたい200人ぐらいだと言っています。

という事は、

頻繁にコミュニケーションを取る人は、
常に十数人~数十人くらいでしょうね。


最近はやっと別れに対する執着が外れて来たかもしれません。


今までは、
身のまわりの人にものすごくエネルギーを割いていましたが、

身近な人よりも、一生情熱とエネルギーを傾けられそうな
ヴィジョンを持てたからだと思います。


人が好きなのは変わりませんが、
そっちの方が、明らかに人の役に立てると思いますしね。


結局、「一生の付き合いになる人」と言うのは、

「自分と同じくらいのスピードで成長していく人」
「価値観やヴィジョンを共有できる人」という事に尽きると思います。


もちろん、目の前の人を
おろそかにして良いと言う訳ではありませんし、

高い次元から言うと、
「今目の前にいる人が、一番大切にしなきゃいけない人」ですね。


それで、僕の場合、精神も日々成長していますが、
それと同時にヴィジョンも成長しちゃうんですね。

人間は複利で成長しますから、
ヴィジョンも複利で膨らんでいきます(笑)



それで、僕は何でこんな変な考えを持っているかというと、
何度も挫折して、死と直面してきたからだと思います。

死にたいと本気で思ったことは1度や2度じゃないですから。

だから、あんまり「死ぬ事への恐怖」とか、
「生に対する執着」が普通の人より薄いと思うんですね。


それと、人生で誰も味方がいないという孤独も味わいました。

家族も、塾も、学校も、誰も自分の事を理解していないし、
共感してくれてないし、認めてくれていない。


実際、周りが自分の事をどう思っていたかはわかりませんけど、
中学生の時、確かにそういう気持ちになって、

「世界でたった独りぼっち」という感覚も味わいました。


だから、「孤独に対する恐怖」も薄いんですよね。


まぁ、痛いのはイヤですけど、

どこかで「一度捨てた命だからなぁ…」
という気持ちがあるんですよ。


まぁ、それだけじゃなくて今までたっぷり苦しんで来て、
さまざまな執着を外しまくってきましたから、

諦めるのがすごく得意になりました(笑)


そうやって、無駄な執着を外していくと、
「自分の本質」が見えてきます。


結局僕は、自分の限界まで成長し、貢献したいんですね。

自分の才能を使い切りたいし、
手抜きの人生で後悔したくないんです。



そして、自分が死ぬとき、命を捧げるときに、
最大の貢献が出来るような人間になっていたいなと思うんです。


僕たちは、命を頂いているわけですよね。

何かを食べるという事は、命を捧げてもらっているわけです。

植物にしても、魚も肉もそうです。


もしかしたら、世界全体で見ると、

生命が死ぬときと言うのは、
ただ微生物に分解されるという事の方が多いかも知れません。

それでも微生物の役に立っていますけどね。


でも、誰かに食べられるという事は、
ものすごい貢献だなぁと思うんです。


それを人間に当てはめると、

生きている間に、たくさん貢献して大量の資産を築き、
自分が死んだら全て寄付をするという生き方なんじゃないでしょうか?


ビル・ゲイツさんや、ウォーレン・バフェットさんみたいな。


自分が死ぬときが最大の貢献。

もしかしたら、
キリストやお釈迦様もそうなのかもしれませんけど。


そんなんがカッコいいなって純粋に思うんです。


逆に言うと、
自分で自分の事をカッコ悪いなんて思いたくないって事ですね(笑)


って考えていくと、
結局は個人的な男の美学でしかないんですけど(笑)



それで、僕のヴィジョンの達成の為には、

自分が40代くらいになった時に、
政財界の人脈が必要かなぁって今のところ思っています。


いくらすごい人でも、会うだけだったらカンタンなんですね。

2~3人、人脈を辿っていけば、どんな人とでも必ず会えます。


でも、会えるだけじゃ意味が無くて、

お互いWIN-WINの関係を構築して、
長い付き合いができるかどうかが大事です。


ですから、そういう人たちに
必要とされる人間になっていなきゃいけない訳です。


できれば、国が認めるぐらいの人間になっていたいですね。

政治家や官僚が意見を聞きに来る様な人物です。



って考えたら、自分は今のところ何も持っていない訳ですよ。

自分にあるのは、

「本質を超わかりやすく伝える能力、腑に落とす能力」
だけですから。


僕は、リンゴの木に例えると、まだまだ苗木です。

実をつけて他の命を活かすぐらいになるまでは、
まだまだ自分を成長させなきゃいけないんです。


だから、今から足りない能力を身に付けなきゃいけない。


じゃあ、今から15年~20年の間に何をしなければならないか?

という事ですね。


それは、「誰もが認める実績を出す」という事だと思います。


ここまで書いて、
ふと「サンクチュアリ」というマンガを思い出しました(笑)

まぁあんな過激な事をする訳じゃないですけど(笑)


という事で、
今から、コツコツと実績を出していきたいと思います。


「僕のお客様から、とんでもない成果を出す人を創る!」

これが今の目標です。


頑張ります。

壮大なヴィジョン と 教育革命

私の理念というのは、毎度言っていますが、
「心理・経済・健康」の本質を伝えるという事です。


心理は自分の納得いく所までは追求できました。

経済についても、本質は理解していますから、
後は行動してビジネス経験を積み、能力を磨き続けるだけです。


ですが、健康事業というのは、
どうしても自分一人ではできないなって思うんです。


まず、一般的に男性よりも女性の方が
食に興味があるし、健康に気をつかっていると思うんです。

健康的な料理を出してくれるレストランに行けば、
明らかに女性客が多いんですよね。

料理教室なども女性が多いです。


僕は男ですから、健康に気を遣う理由というのは、
「エネルギーに満ちた状態で、仕事を効率的に行いたい」

という事なのですが、

女性が健康に気を遣ったり、料理に興味を持つ理由は、
男性とは違うと思うんです。


女性特有の生理現象や、出産などのイベントもありますし、

そこら辺の事を僕が理解しない限り、
事業としてはできないと思います。


と言っても、

今は心理事業を軌道に乗せるために集中したいし、
自分で勉強している時間が無いので、

健康事業を平行して行うには、
才能ある、優秀な人材に任せるしかないと思っています。


という事で、
健康事業の立ち上げを手伝ってくれる方を募集したいです。

と言うよりも、引き寄せたいです(笑)


高い精神性とコンサルティング能力を持ち、

素直で、一切の先入観や偏見を持たず、
何者にも偏らない中立、中庸の精神を持ち、

食と人体に精通し、本質を理解していて、

食事、栄養学、ハーブ、サプリメント、空気(汚染)、水、電磁波、
などの、人体に影響を与える要素の全般的な知識を持ち、

人体のあらゆる器官、臓器、筋肉、脳、腸、血管、酵素などの
メカニズムにも詳しく

呼吸法、ヨガ、整体、気功などの
肉体を外側からケアする知識も豊富で、

女性の心理を理解し、女性特有の生理現象、出産などにも詳しく、

世界中の人々を健康にするという事に情熱を持てる方。


って贅沢言いいすぎですかね(笑)

まぁ、いずれは自分でも徹底的に勉強したいのですが、
今は経済活動に集中したいですから。


僕も健康の知識に対して、少しは自信ありますけど、

自分が健康で元気でいる為の知識だけで、
他人の健康をケアできるほどのモノではありませんからね。


これから、僕と一蓮托生で健康事業を任せられる方を探し、
育てて行きたいと思います。



そして、自分の今後のヴィジョンですが、
僕は「教育に骨を埋める覚悟」ができました。


現在、さまざまな教育ビジネスが存在していますが、

それに携わっている人でも、
本当に「人を向上させる」にはどうしたら良いのか?

という事について、
よくわかっていない方が多いんだと思います。

僕でも、最近やっとわかったことがあるぐらいです。


教育って、人間にとって最も価値がある事なのに、
結果が目に見えるカタチで計測しにくいから軽視されがちだし、

値段も内容もピンキリで、
今の段階では、健全な業界だとは言いにくいと思います。


でも、だからこそチャンスだと思っています。

僕は、今から教育ビジネスを徹底的に追求していきます。


今後のヴィジョンとしては、


30代で、ビジネスを追求し経験を積み、
大金を稼ぎだして、大きな資産を構築する。

グロウハートを
心理、経済、健康の教育コンサルティング企業として、

どんどん会社をおっきくしていく。



40代で、新しいビジネスモデルの構築。

心理、経済、健康の本質を世界に効率的に広げるための、
新しい高収益ビジネスモデルを構築。

このアイデアはいくつかありますが、現段階では秘密です(笑)



50代で、それまでに築いた資産を元手に学校をつくる

心理、経済、健康の本質は僕がカリキュラムを創り、

国語、数学、物理、化学、語学、社会、歴史などの科目については、
「陰陽の法則」と「体験学習」をベースにカリキュラムを作成。

僕は苦手分野なので、
左脳が発達した、世界の頭良い人たちに協力してもらいます(笑)


幼児教育もやりたくなったら孤児院や幼稚園を創ってもいいし、

この学校の先生をやって欲しい人も、既に何人かいますし、
喜んでくれると思います。


60代で、その学校のビジネスモデルとカリキュラムを世界に広げる

ロイヤリティなどの利益は放棄して、広める事だけに集中し、

スタンダードな教育のひとつとして、
世界で認められるくらいになりたいです。


80代で、学校の卒業生が社会で活躍する姿を見て余生を楽しむ


というシナリオを描いています(笑)


でも、これを読んでいる人は、
大言壮語の大ボラ吹きだと思って下さい(笑)

僕は大マジですけど(笑)


今の自分は全然大した事が無いことはよくわかっていますが、

今までの自分の成長スピードを考えれば、
本気でやれる自信があります。


私の先生から最近学んだ事で、

自分と、パートナーと、お客様と社会のヴィジョンを一致させれば、
誰も自分の邪魔をする人間はいないし、誰からも応援される。

だから、達成しないことの方が難しい。

そして、

たくさん選択肢があるから、迷いが出て、エネルギーを浪費する。
幸せになりたければ、あらゆる選択肢を捨てて、全てを一本に絞れ。


という事があります。

本当にとても大切な事だと思います。


ソフトバンクの孫正義さんも、

自分の人生の方向性を完全に一本に絞っているから、
あれだけエネルギーに満ち、大きな事を為しているのだと思います。

そして、一切守りに入らず、
常にチャレンジャーであるという所が大好きですね。


個人的な夢で、20代で結婚したいとか言っていましたけど、
それももういいかなって感じですね。

相手をどうしようとか、
そういう事を考えていたら、エネルギーの浪費になりますから、
もう自然な流れに任せます。

もしかしたら40代になったときに、
優秀な20歳の子に惚れるかもしれないですからね(笑)



僕のこれからの人生で目指す所は、
「次世代の教育モデルを創り上げる」

です。


教育というと、

「未熟な人間に教えてあげる」という傲慢なイメージや、

型にハマった学校教育をイメージしてしまうと思いますが、
これからはその概念を壊して、

教育に新しい概念を持って頂きたいです。



僕の目指す教育というのは、
一方的に、強制的に教えるのではなく、


あくまでも「学びたい側の意志」を尊重し、

学びたい側が自発的に、学びたいと思ったときに、
「一人一人が自主的に学びやすい環境を整える」

という事です。


カリキュラムという「ソフトウェア」と、
学校という「ハードウェア」を創り上げ、

一人一人が自主的に学べる「環境を整える」ことです。


人を成長させるのに最も良い方法は「環境」を整える事です。
だからこそ、僕は「環境」を創りたいのです。

そのプラットフォームだけ整えて、あとはみんなの自由です。


人生を懸けるに相応しい大仕事だと思います。

こういう事を書くのは、孫さんと同じく、
公言することによって自分を追い込みたいからです(笑)


年取ったときに恥を掻かないように頑張ります(笑)

ストレスを極限まで無くしたらどうなるか?

僕は今まで、幸せを追求してきましたが、

ポジティブな感情を増やすと言うことと、
ネガティブな感情(ストレス)を無くすという事を突き詰めてきました。


それで、面白い事に気づいたのですが、
結局、人間は生きている間は「問題と出会い続ける」という事です。

人生から問題が消えることは無いのです。


問題が無ければ、学ぶ事も成長する事もできませんし、
何かを成したいというモチベーションすら起こりません。


全ての欲やモチベーションというのは、
理想と現実とのギャップ、

つまり言い換えれば「不満、問題」から生まれると思います。


ですから、何か問題が無ければ、
非常に退屈な日常になってしまいます。


例えれば、

全然ストーリーが進行しないし、主人公も成長もしない
映画やロールプレイングゲームの様なものです。


ですから、

人は生活から問題が無くなれば、いろんな手段を使って、
自ら問題を創り出しちゃうんですね(笑)


という事なので、人生に問題は付きものというよりは、
「必要不可欠なモノ」なのです。


それで、僕は幸せを追求する上で、
できるだけストレスを感じなくしてきた訳ですが、

それは、ある意味「問題」を生み出さない行為だった訳です。


自分の目に映らないだけで、この世にはたくさんの問題があるのに、
それを見ようとする事を避けてきました。


そこで待っていたのは、
ストレスもなければ、特別なモチベーションも無い生活です。

それでは、大して自分も成長もしないわけです。


自分が成長しなければ、「世界中に本質の知識を広げる」という
自分の野望も達成される事がありません。


その時、「今の生活の延長線上に、夢の達成は無いな」
ということを悟りました。


何かを抜本的に変えなければ、

自分の人生は無味乾燥になってしまうし、
大して誰の役にも立てなくなってしまう…。


私は、無意識的に避けてきた、
「あらゆる問題と向き合う必要」があったのです。


自分の目に映らないだけで、
この世は苦しんでいる人で溢れていること、

それを「自分の問題」だと捉えなければなりませんでした。


それは、とても怖いし、悲しいし、辛いことです。


「自己責任」という言葉を「逃げ」に使って、
他人の問題と自分の問題を切り離していれば、

他人の問題に干渉することもないし、
「自分にはどうすることも出来ない」と思い込んでいるし、

「仕方無いな」と諦めることになります。


でも、他人の問題も自分の問題だという風に、
「連帯責任」の意識でいれば、

怖さ、苦しみや悲しみも感じるでしょうが、
「やばい! 何とかしなきゃ!」というモチベーションに変わります。

それが、自分の能動的な行動を後押しするのです。



人の幸せは「成長」と「感情」によって成り立っています。


感情ばかりを優先していては、成長はありません。

ネガティブな問題と向きあい、解決しようとすればこそ、
人は強く成長していくのです。


つまり、少し高い次元から本質的な事を言えば、
ネガティブな問題も、大切な「幸せの要素」だと言うことです。


私は今までネガティブから逃げ回ってきましたが、

私は覚悟を決めて、
世界中のネガティブな問題と向き合う決心をしたのです。


……と言うのはカッコつけた建前で、


「他人のネガティブ観念、ネガティブエネルギーを背負おう!」 
と決心した本当の理由は、


僕の大好きな人たちを超ポジティブにしたいなって言う、
なんとも押しつけがましく、超個人的な動機です(笑)


やっぱり、僕は自分の周りの人たちに幸せになって欲しいし、
それが僕の幸せに繋がってるんです。

だから、結局は誰の為でもなく、自分の為なんです。


僕は善人でもなく悪人でもなく、中立、中庸主義者でいたいし、

今まで他人の事を考え過ぎて、
「でも実際は他人の役に立ててない」という事が多かったので、

少し自己中心的に生きていこうかなって方向性もあります。


でも、その目的の達成の為には、

本気であらゆる人たちのネガティブを解消し、
社会全体の意識を向上させる必要があるなと感じたので、

それに全身全霊を懸けてやっていきたいと思います。


大企業の創業者社長の、

「俺は大きい会社を創るんだ!」という、個人的な野望が、
日本や世界を幸せにしてるんです。


今まではビビって、責任を背負うのが怖くて、
積極的に他人に干渉して来ませんでした。

余計なお節介かなぁなんて気持ちもありましたし、
わざわざ自分以外のネガティブを背負う事を避けてきました。


「人を幸せにする」という結果よりも
「相手が求めているかどうか?」というプロセスを重視してきました。

でも、これからは結果にこだわります。

「余計なお世話だ!」と批判されるかもしれませんが、覚悟の上です。

商売は「余計なお世話」から始まるのですから。


善人ぶらず、カッコつけず、
僕は僕のために、人の悩みやストレスを解決し、

できるだけたくさんの人をポジティブにしていこうと思います。

謝りたいことと、これからの僕

今まで、僕は自分の幸せを追求してきました。

そして、それを伝えて行く事が、
人の幸せに貢献する事だと思ってきました。


でも、自分の幸せを追求していくほど、
ひとつの弊害が立ちはだかってくるんです。


それは……、

友達がいなくなるという事です。


何故かというと、

自分の価値観や感覚がどんどん一般と離れていくので、
人と共感できにくくなっていくんです。


もちろん、本質的に言えば、
学校教育やメディアの情報がネガティブなのであって、

幸せな人が間違っている訳ではありません。

でも、一般的な価値観や感覚とはどうしても乖離していくんです。


それでも、僕は自分の幸せを追求することをやめませんでした。

ネガティブな事態が起こったらそれに感謝し、
ネガティブな観念やトラウマを外し続けて来ました。


おかげで、今ではストレスを感じることが本当に少なくなりました。

たまにはありますけどね(笑)


でも、感じても必要以上に落ち込んだり、
イライラしたりはしません。

それは、本当に心理を理解しているおかげです。


ただ、頻繁に会う人はどんどん減っていって、
ついには限界までやってきてしまいました。


自分と周りの人を幸せにしたいという思いでやってきたのに、
何かが違う…。

そんな違和感はずっとありました。


ストレスは無い。 でも、何かが違う…。

自分はもっと多くの人を幸せにしたかったはず…。


そんな事を考えていたのですが、
結局、人それぞれ、幸せのカタチはみんな違います。

僕みたいにストレスを極限まで減らしたいって人もいれば、

そこまでしなくても、
友達とバカやってる方が幸せだという人もいます。

誰がどこで満足するかって言うのは、本当に千差万別です。


精神面でも、経済面でも、健康面でもそうです。


僕は、「最高の幸せ」をプレゼントしたいと思ってきましたが、
それは僕の基準であって、相手の基準じゃないんですね。


だから、僕の目線から見た「与えたいモノ」なんていうのは、

相手から見たら、
本当にくだらないもので、しょうもないモノなんですね。

相手が喜ぶだろうと思ってたら大間違いでした。


相手がたった今、欲しいモノ、得たい感情を与える、
相手がたった今、解決したい問題を解決する、

それが、本当に相手の幸せに貢献する事なのです。


少し前までは、

「自分の与えたいモノ」と「周りの人が受け取りたいモノ」が
自然とマッチしていただけなんです。

それが、僕が変化する事に乖離してきたんです。


そして、ついに自分は周りの人たちに対して、
貢献できない状況まで追い込まれていきました。


なんとかしようと思って、

いろいろ考えて、試行錯誤していましたが、
根本的な考え方がずれてしまっていた為に、

たくさんの人に迷惑をかけていたと思います。


本当に申し訳なかったと思います。


きっと、「昔の中井さんの方が良かった、楽しかった」
なんて思っている方も多いと思います。

そういう印象を持たれている方にはお詫びします。


ただ、今までのプロセスに後悔はしていません。

この学びによって、さらに多くの人を救う事ができますから。


これからは、昔以上に、
縁ある人を、一人一人大切にしていきたいと思っています。


今までは、縦に深く掘ってきて、
ついには自分が納得する底まで辿り着きました。

これからは、横に広く生きていきます。


個人個人が求めているモノを知り、
相手のニーズに合わせたサービスを提供する。

そうやって生きていきます。


ビジネスに完璧性なんか必要ありません。


完璧性を求めるくらいなら、

すぐに相手の問題が解決するレベルのモノを、
いかに早く、安く提供するかの方が大切です。


それで、相手の問題が解決したら僕はもう用無しでいいんです。

僕はまた次の人の問題を解決していきます。



今幸せな人を、もっと幸せにする。

それももちろんやっていきますが、

一人を究極的に幸せにする事、その追及は一旦終わりにして、


これからは、出来る限り多くの人たちの、
今すぐ解決したい死ぬほどの悩み、ストレスを素早く解決する。

その追及に入っていきます。


仕事のやり方も大きく変えていきます。


マザー・テレサのように…、と言えばおおげさですが、

目の前の苦しんでいる人を一人一人、
淡々と繰り返し繰り返し助ける。 淡々と同じことを続ける。

そういう生き方を目指して生きたいなと思っています。